ジークレー用「漆喰ペーパー」の魅力

「フレスコジークレー」は、漆喰(しっくい)を塗布した漆喰ペーパーと、インクジェットプリンターの組み合わせで制作する新しい絵画技法で、フレスコ画がもつ優れた長期保存性をもち、作品表現を広げる独特な風合いや質感もかもしだしてくれる。

フラスコジークレーは、従来のジークレーと比較し、次のような優れた特性がある。

○長期保存性

○豊かなグラデーション

○落ち着きながらも美しい発色

○他のプリントでは絶対に得られない立体感

○美しく純粋な白

(文・構成 協力:株式会社Lab)


フレスコ画とは

絵画の歴史の中で、作品の保存上、最も安定しているとされるのが「フレスコ-fresco」と呼ばれる技法である。油絵の具のように有機メディウムを使用せず、顔料と水だけで描かれるので、とにかく劣化に強い。ミケランジェロが描いた天井画「最後の審判」もフレスコ画で、500年以上が経っても色彩は鮮烈である。それに対して、同時代に描かれたレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」はテンペラ画で、ダ・ヴィンチが生存中から何度も修復され、描かれた直後の画面は少しも残っていないとされる。

ただし、フレスコ画を描くにはかなりの画力が要求される。まず下地を作り、漆喰(しっくい)の層を塗り上げる。しかも、その漆喰が炭酸カルシウムに変化するまでのおよそ8時間のうちに顔料を溶かし込まなければならない。「油絵の具」のように重ね塗りができず、失敗したら漆喰の層を剥がして一からやり直さなくてはならないのである。そのため、デッサン力はもちろん、間違いなくラインを引ける画力や、8時間以内に描き上げるスピードが要求され、技法の難しさから画家たちに敬遠されるようになっていった。

ミケランジェロ『最後の審判』
レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』

フレスコジークレーの特長

そうした中で登場したのが「フレスコジークレー」である。漆喰を塗布した専用ペーパー(漆喰ペーパー)と、インクジェットプリンターの組み合わせで制作する新しい絵画技法で〝フレスコ画〟を「失敗せずに描く」ことを可能にする。しかもその完成品は、従来のフレスコ画がもつ優れた長期保存性をもち、さらには作品表現を広げる独特な風合いや質感もかもしだしてくれるのである。

 もう少し詳しく解説しておこう。

長期保存性

まず、長期保存性であるが、フレスコジークレーで用いる「漆喰ペーパー」は、中性紙(無酸性紙)がベースであり、紙そのものが数百年以上劣化しない。最近は、中性紙を使ったジークレーペーパーもあるが、インクの受容層にはアルミナが塗布されており、つねに酸性を帯びている。そのため、発色は鮮やかになるものの、中性紙としての長期保存効果は発揮できないのである。

またフレスコジークレーは、彩度の保存面でも優れている。加速度試験によると、通常のインクジェットペーパーでは最初にイエロー、次にシアンの色が抜けていくため色相のバランスが維持できない。一方のフレスコジークレーは、太陽光が直接入る室内に置かれてもほとんど退色しないばかりか、退色は数十年かけて緩やか、かつ均等に進むため、作品全体の雰囲気はほとんど失われないのである。

さらに、フレスコジークレーには防カビ効果もある。素材が漆喰(炭酸カルシウム)であり、作品へのカビの発生を長期間にわたり防げる。建築用の漆喰では、雨ざらしの屋外でも30年以上の防カビ効果のあることが報告されており、室内に飾られるフレスコジークレーは、なお長期間にわたってカビ菌への耐候性が発揮できると考えられる。ちなみに、石器時代に描かれたラスコーやアルタミラの壁画も、偶然にして石灰層の岩盤に描かれたことで、数千年にわたって劣化を免れたのである。

作品を活かす独特な風合いや質感

次に、フレスコジークレーがもつ、作品を活かす独特な風合いや質感である。

インクジェットプリンターから打ち出されるインクの顔料は、漆喰が塗られた受容層に打ち込まれ、三次元的に固着する。それによって、フレスコ画と同じような風合いや質感とともに、銀塩写真にも似た立体感ももたらす。油絵の細密画に見られるような自然な奥行も表現できるのだ。

一方、通常のインクジェットプリントでは、「デジタル感の残り」に悩まされることがある。例えば、空などのグラデーションを表現する際、階調の連続性がなくなって部分的に縞模様が現れてしまうことがあるのだ。フレスコジークレーの場合は、漆喰のテクスチャーによる「ゆらぎ」の要素が加わり、「デジタル感」を抑えた、より自然な画像が得られるのである。

フレスコジークレーの弱点

ただし、フレスコジークレーにも弱点がある。その一つが用紙表面にある繊維状の凹凸で、作品の表現によっては「不要な文様」に見えてしまう。とは言え、照明の角度を調整すれば、解消する弱点ではある。

もう一つは、通常のジークレーペーパーとの比較で「黒がやや締まらない」印象がある。インクが漆喰の受容層に入り込むため、ダイナミックレンジが狭くなるのだ。しかし、その逆に「白」については、インクに蛍光塗料を含まないことから、実に気持ちのよい「純粋な白」となる。

他方、プリント前の「漆喰ペーパー」には、気を遣わなければならない。冷暗所に保管しても、空気に触れると、どんどん酸化していく。また、プリントしてから3日間を経過しないと画質が安定しない。顔料インクが完全に定着するまでには1年間を要する。さらには、プリント直後は多くの水分を含むので破れやすく、仕上がった後も顔料インクの宿命で表面を擦ると傷が付きやすい。

ようするに「漆喰ペーパー」は、やんちゃな個性を持ったペーパーであり、それを知りつつ用いることで、新たなジークレーの可能性を広げられるのである。

フレスコジークレーの適応性と制作

フレスコジークレーは、これまでの印刷物と比較して、遙かに優れた「長期保存性」「豊かなグラデーション」「落ち着きながらも美しい発色」「ほかのプリントでは絶対に得られない立体感」「美しく純粋な白」などの魅力ともつ。

それがゆえに、「長期保存性が絶対条件となるパブリックアート」「清潔さが重要な病院や学校などの壁面装飾」「収蔵された本画の高品質な複製展示品」などに優れた適応性をもつ。

残念なのは、「漆喰ペーパー」の通常販売が数年前に終了してしまったことだ。しかし、フレスコジークレー技法の開発とその制作を手がけてきた(株)エルエービー(https://www.hellolab.com/)では、ペーパーの販売会社と協議し、用紙のみの販売はないものの、プリントの注文には応じられる体制を整えている。しかも、フレスコジークレーのための専用プロファイルとカラーディスプレイも独自に開発し、その魅力を最大限引き出す努力を国内外に向けて続けているのである。